フリーフォール6 ジョセフ・E・スティグリッツ


■世界に波及した危機
今回の危機はすぐさま全世界に波及した
アメリカの住宅ローン債権のうち、約4分の1が海外に販売されていたのだから当然といえば当然だ
外国の金融機関が有害な証券化商品と国債を買ってくれていなければ、アメリカの状況はもっと深刻になっていただろう
アメリカは最初に規制緩和の哲学を輸出し、最後には不況を輸出した

危機が発生した当初、ヨーロッパ人の多くはデカップリング論を唱えた
アメリカが不景気のままでも、アジアの成長が欧州諸国を不況から救ってくれるはずだと
しかし、これもまた希望的観測に過ぎなかった
アジアの経済はまだ規模が小さすぎるし、アジアの成長は対米輸出に大きく依存している
アジア諸国の消費の総計はアメリカのちょうど40%


ヨーロッパの金融機関がアメリカから買った有害な住宅ローン債権に痛めつけられているときに、欧州各国の政府はみずからが招いたトラブルと格闘していた
スペインは大規模な住宅バブルの発生を許してしまったため、現在では国内の不動産市場がほぼ壊滅状態に陥っている
スペインはアメリカと違って銀行規制が厳しく、銀行システムだけで見ると傷の深さの割に出血は少なかったが、経済全般の落ち込み具合はアメリカよりも深刻だった

イギリスも不動産バブルにねじ伏せられた
世界有数の金融ハブであるシティを擁するイギリスはあらゆる金融ビジネスを誘致しようと底辺への競争という罠に陥っていた
誘致のためのゆるい規制はアメリカと同等の被害をもたらし、経済における金融セクターの比率を高くしていたため、救済のコストは(率で見ると)アメリカより大きくなった
イギリスではアメリカと同じように高い給料とボーナスという金融文化が根付いていた
しかし少なくともイギリスでは説明責任の必要性が理解されており、公的資金を受け取った銀行のトップは引責辞任した
イギリス政府は注入した金額に見合う対価を要求し、オバマ政権とブッシュ政権のように無償提供はしなかった

開放された小国が規制緩和というモットーを鵜呑みにしたとき、一体何が起こるのか知りたいならアイスランドを見るといい
国内銀行のむこうみずな行動がたたって、アイスランドの未来は危機にさらされている
人口30万人のアイスランドでは3つの銀行が国のGDPの11倍にあたる総額1760億ドルの預金と資産を保有していた

2008年秋、国内の銀行システムが見る影もなく崩壊したため、アイスランドは先進国としては40年ぶりにIMFの救済を求めた
アイスランドの銀行は他国の銀行と同様、高いレバレッジをかけ、高いリスクを取っていた
金融市場がこのリスクを認識し、資金を引き揚げはじめると、3行(特にランズバンキ)はイギリスとオランダの国民から預金を集めた
アイスセーバーと呼ばれるランズバンキ傘下のネット銀行は高い利率を謳っており、預金者たちは愚かにもノーリスクハイリターンがうけとれると思い込んでしまった
結局イギリスとオランダからの預金集めは借金清算の日を延期する効果しかなかった
弱体化した銀行を救済しようにもアイスランド政府には千億ドル単位の支援を行う財政力はない
この事実が投資家に知れ渡れば取り付け騒ぎが起こるのは時間の問題だった
アイスランド政府はアメリカの場合と異なり、株式と社債の保有者を救えないことを知っていた
彼らに許された選択肢は、
国内の預金者を救うかどうか、国外の預金者をどこまで保護するか、という2点のみだ
イギリス政府は強硬手段をとり、反テロ法を使って、イギリス国内にあるアイスランドの資産を凍結した
そして、アイスランドがIMFと北欧諸国に支援を仰ぐと、イギリス・オランダの預金者に対する手厚い保護を要求した
預金保険で保証されている以上の金額をアイスランド国民の税金で補填しろと。

それから1年後の2009年、アイスランドを再訪問した私は、現地の人々の怒りを肌で感じた
なぜ民間銀行の尻ぬぐいのために自分たちの税金が使われなければならないのか、とアイスランド人は憤っていた
しかも今回の出来事は外国の規制当局が自国民の保護を怠った結果でもあるのだ

ヨーロッパ各国政府が強硬な反応を示したのは、アイスランドが欧州統合の根源的欠陥を暴露したからである、という見方は多くの人々に共有されている
単一市場の中であれば、ヨーロッパの銀行はどの国でも営業ができる
しかし、規制の責任を負うのは銀行の母国の政府だ
母国政府が規制の仕事をしくじれば、他国の市民が大金を失うことになる
ヨーロッパはこの事実を、この事実の裏にひそむ示唆を考えたくなかった
だから、小国アイスランドだけにすべてのつけをGDPの100%近い額のつけを払わせたのである

今回のようにこれだけ早く危機が広まった一因はIMFとアメリカ財務省が各国に押し付けた政策、とりわけ資本市場と金融市場の自由化政策だ
これらの政策はアメリカをトラブルに巻き込んだ自由市場経済という名のイデオロギーに基づいていた
アメリカでさえ金融支援と景気刺激策の数兆ドルの財源確保に四苦八苦しているのに、貧しい国々がアメリカと同じレベルの対策を打てるはずがなかった