フリーフォール13 ジョセフ・E・スティグリッツ

■地方政府への支援
危機が発生した際、政府からの支援がなければ、州と市町村は歳出の削減に走る可能性が高い
地方政府の支出は公的支出全体の3分の1を占めるが、アメリカの各州は財政均衡の仕組みを導入しており、歳入額に応じて歳出の限度額が決められている

各州に減収分を補填するというシンプルな手法をとれば、公平さを保てる上に、迅速な資金供給を実現できただろう
このやりかたなら、資金の乗数効果は大きく最も支援が必要な人々に直接資金を届けられ、さらに、自動安定装置としての効果が期待できる
可能性は低いが魔法のようにみるみる景気が回復していく場合は、支出を徐々に減らし、景気後退が予想よりも深刻で予想よりも長引く場合は支出を徐々に増やすのだ


■セーフティネットの穴を塞ぐ
第二の優先課題は、セーフティネットの穴を塞ぐことである
オバマの景気刺激法策は、この点に多少の配慮をしているものの、やはり充分とはいいがたい

住宅ローンの返済に行き詰まった失業者の問題は今回の危機の核心である
失業者の多くは自分にはなんの落ち度もないのに、失業後すぐに自宅を失ってしまった
困窮時にローン返済を肩代わりしてくれる新種の住宅ローン保険をオバマ政権は提供するべきだった
住宅所有者が再就職するまで支払いを延期してくれるような保険の存在は社会の公平さを保つだけでなく、アメリカの国益にも寄与していただろう
なぜなら、差し押さえ件数の増加が住宅価格を押し下げるというという負のサイクルを食い止められるからだ

■投資を促進する
未来を強化してくれる投資に、高い優先順位を与えることは、理にかなっている
ハイリターンが望める人間と技術に対する投資なら、なおさらだ
しかし、市場崩壊と地方の歳出減によって、全米の私立大学の基金が大打撃を受けたため、この分野への支出は激減してしまった
景気刺激策の支出の大部分は、まず迅速に実行できるプロジェクトに注ぎ込まれ、そのあと、比較的迅速に実行できるグリーン投資に注ぎ込まれた
政府が踏まえておかなければならなかったのは、今後2年間に追加対策が必要となるリスクは高いという点だ
長期的かつ包括的な景気刺激策には、即効性のあるプロジェクトだけでなく、ハイリターンの公共投資を組み入れる必要がある
長い不況によって公共投資が進むのは不況の数少ない利点といえるかもしれない

アメリカど投資が最も不足しているのは、公共セクターだ
しかし、投資を可及的すみやかに拡大しなければならないとき、公共セクター内だけでは無理がある
例えば投資促進のための減税を行えば、経済への資金流入を加速させ、さらには長期的な恩恵をもたらしてくれるだろう
住宅所有者に税制優遇措置を施していたら、50年ぶりの不動産不況で失職した建設労働者の一部は、首を切られずにすんでいたかもしれない
景気下降期には、企業は積極的に投資リスクを取ろうとはしない
それゆえ期限付きの投資税額控除を実施すれば、企業に適切をインセンティブを与えることになるだろう
期限付きの投資税額控除に累進制を組み込めば、効果はさらに大きくなるぱずだ
景気下降期にも、投資をする企業は必ず出てくる
ただし優遇措置なしでも投資する企業に税額控除を与えても意味はない
過去2年間の投資実績を参考に、過去2−3年の80%を超える分のみを控除対象にすれば、絶大な効果を望めるだろう

■効果の薄い減税
ブッシュ大統領の2008年2月の減税はうまく機能しなかった
ほとんどが貯蓄にまわされたからだ
オバマ政権の減税策には、消費換気の仕組みが導入されていたが、前回と同じ結果に終わると信じうる根拠は枚挙にいとまがない
減税は国家の負債を増加させていくだろう
そして、短期的にも長期的にも、減税の効果はほとんど得られないだろう

景気刺激策の他の部分は、未来から借金しているようなものだ
「ポンコツ車買い換え制度」は、自動車の需要を掘り起こしたが、制度のおかげで今買われた車は将来買われるはずだった車だ
景気下降が6ヶ月で終わるなら、この戦略は理にかなっているかもしれないが、終わりの見えない不況下ではきわめてリスクが高い
果たして不安は的中した
2009年夏期の自動車販売は急増したものの、これは秋季の需要を先食いしたに過ぎなかった

減税策と買い換え制度は、元々矛盾を内包している
今回の危機の原因は、アメリカ人の過小消費ではなく過剰消費だ
それなのに、危機への対応として打ち出されたのは、消費を喚起する政策なのだ
消費の急落ぶりを考えれば理解できなくはないが、長期的成長のための投資が必要なときに消費換気に重点を置くことは望ましくない


■景気刺激策が効果をあげない場合の理由
3つあるとされている
第一の理由は世事にうとい経済学者がよく持ち出してくるものだが、残りの2つは深刻だ

第一の理由は、政府が財政赤字を出すと、将来赤字解消のために増税が行われるので、それを知っている国民が貯蓄を増加さするというものだ
この考えに従えば、政府の支出増は家計の支出減によって100%相殺されてしまう
21世紀に入ってすぐブッシュが減税を行ったときは実際に国民の貯蓄率は下落したのだ
「リカードの等価定理」の擁護者は、減税がなければ貯蓄率はもっと下がっていたはずだ、と反論するだろう
しかし、彼らがもし正しければ、危機前のアメリカ人の貯蓄率は一貫して数%のマイナスだったことになる
財政保守派がリカードの等価定理を引用する回数は減税に反対するときよりも、政府の支出増に反対するときのほうが多い
この定理は、何をしてもたいした違いはないと主張する
政府が増税を断行しても、国民は将来の減税を予想するから現在使われる金額は増税がない場合と全く同じである、という論理

よく見かけるが明らかに間違っている前提は、市場と情報の完全性だろう
このシナリオのもとでは、だれもが好きなだけ金を借りられる
政府が税金を上げても政府と同じ金利で国民は増額分を銀行から調達すればいいのだ

人間は永遠に生きる、所得再分配は勘案しない、という二つの前提も理解しがたい
人間が永遠に生きるなら今日の借金は必ず支払わなければならない
しかし現実には、今日の借金の支払いを未来の世代に押し付けることができるので、現役世代は身の丈を超える消費が可能となる


第二の理由は、政府が借金を重ねれば重ねるほど、貸し手側が政府の返済能力に懸念を抱くことだ
懸念が大きくなるにつれ、貸し手はより高い利率を要求する
この現象は途上国でも見られる
景気刺激策に支出をしなければ、経済が弱体化し、債務者から高い利子を要求される
景気刺激策に支出をすれば、負債が膨らみ、やはり債務者から高い利子を要求される
幸運にも、アメリカはまだ崖っぷちにまでは追い込まれていない
私の見立てでは、現在のところ、景気刺激策の効果のほうが長期リスクを上回っている

第二の理由と深く関連する第三の理由は、投資家が将来のインフレ懸念を抱くことだ
アメリカに金を貸している国々はすでに、インフレで巨額の負債を帳消しにするというインセンティブが働くのではないかと心配している
インフレによって負債の実質価値を低下させてしまうわけだ
そして彼らのもうひとつの心配は投資家がアメリカの負債額に警戒感を強めた結果、ドルの価値が低下することだ
これらの懸念が芽生えてしまうと、長期金利は上昇し、投資は抑制され、総需要の純増数が減少することになるだろう
短期金利を重視する正常な政策に戻り、短期金利を低く保ったとしても、長期金利が上昇して景気回復の足を引っ張るかもしれない
しかし、景気刺激策の支出が投資にまわされれば、このようなマイナス効果は発生しにくくなる
刺激策はアメリカ経済を強化するという点が市場に理解されるからだ
支出が投資にまわされると、アメリカのバランスシートは負債の部の数字が膨らむにつれて資産の部の数字も膨らむ
つまり、貸し手が心配する理由も金利が上昇する理由もなくなるわけだ

手に負えないほど負債が膨らんでいく懸念は、源をたどっていくとアメリカの政治リスクに行き着く
世界大恐慌の最中のアメリカやバブル崩壊後の日本のように景気回復の道を真っすぐ進めなくなる政治的リスクだ
第一回目の薬を服用したあとで、経済が力強く回復出来なかった場合、政府は景気刺激策を続けるのだろうか
私が懸念するとおり、反対派が勝利を収めれば、力強い成長への復帰は遠のいてしまうだろう