フリーフォール23 ジョセフ・E・スティグリッツ


アメリカ型資本主義に批判的だった第三世界の人々にとっては、現在の経済危機へのアメリカの対応はダブルスタンダードに思える
10年前の東アジア危機の最中にアメリカとIMFは被害を受けた国々に対し、歳出を切り詰めて財政赤字を削減するよう要求した
タイのように結果としてエイズば再び蔓延しても、インドネシアのように飢えている人々への食料助成金が減らされても、おかまいなしだ
アメリカとIMFはそういう国々に金利をあげるよう、場合によっては(インドネシアのように)50%以上にするよう強要した
インドネシアには、銀行に対して厳しい姿勢で臨めと諭し、政府が銀行に緊急援助を行うことを禁じた
そんなことをすれば極めて悪しき先例になり、順調に機能している自由市場メカニズムへの極めて悪しき介入になるというのがその理由だった

東アジア危機と今回のアメリカ危機とでは、処理のしかたが著しく異なっていることは明々白々で、気付かれずにすむはずがなかった
自国を窮地から救うためにアメリカは支出を大幅に増やして赤字を膨れ上がらせ、金利もゼロまで引き下げた
そして、あちこちの銀行に緊急援助が行われた
それはダブルスタンダードという問題にとどまらなかった
先進国が一貫して反景気循環の通貨・金融政策をとる一方で、途上国は景気循環政策(歳出を切り詰めて、税金と金利をあげる)を押し付けられるので、途上国の景気変動は、何も対策を講じない場合よりも大きくなり、先進国の変動は小さくなる
これによって、途上国の資本コストは、先進国が直面する資本コストに比べて高くなり、先進国は途上国に対してますます優位に立つ

途上国の多くは、長年にわたって弱い者いじめを受けてきたせいで、今でも苦しんでいる
アメリカの慣行を採用し、アメリカの政策に従い、規制緩和に賛同し、アメリカの銀行に市場を解放し、優れた銀行実務を学び、そして、偶然にではなく、企業や銀行をアメリカ人に売り、特に危機の最中には投げ売りするよう仕向けられたためだ

私が懸念しているのは、途上国の多くがアメリカの経済・社会システムの欠陥を目の当たりにしたせいで、自国にとってどういうシステムが最善かについて誤った結論を出すのではないかということだ
小数の国は正しい教訓を得るだろう
成功に必要なのは、市場と政府の役割が流動的で強力な国家が効果的な規制を発動するような管理体制であること
そして、特定の利益集団の力を抑制しなければならないことを悟るだろう

古いタイプの共産主義が復活することはないだろうが様々な形の行き過ぎた介入は再開されるだろう
そしてそういう介入は失敗に終わるだろう
新しい管理体制が再びバランスを狂わせて、市場へ過度に介入したりすると、貧者は再び苦しむことになるだろう
そういう戦略は成長を伴わず、成長がなければ、持続的に貧困を解消していくことは不可能である
成功した経済は必ず、市場に大きく頼っていた

中国の問題点は、家庭の高い貯蓄率にあるのではなく、家庭の収入がGDPに占める割合が他の国々に比べると小さいという事実にある
低い賃金は企業に高い収益を保証し、企業に対して、その収益を配分しろという圧力がかかることはほとんどない
その結果、事業会社が収入の大半を保持する
中国の成長モデルの原動力は供給だ
収益は再投資され、消費よりはるかに速く生産が増加し、その差が輸出にまわされる
このモデルは上手く機能してきた
中国では職を生み出し、他の国々では、物価を低く押さえてきたが、今回の危機がこのモデルの欠陥を際立たせた
今回の景気下降では、中国が余剰生産物を輸出するのが困難な時期が続いたのだ
長い目で見ると、多くの製造物で中国のシェアが増加するにつれて、成長率を維持するのが難しくなるだろう
中国は成長戦略を変えなくてはいけない
たとえば、地方銀行や地域の中核銀行をつくりだして、中小企業により大きな支援を与えるのだ
ほとんどの国でそういう会社を土台に職が創出されている
職が創出されると賃金が高くなり、それが収入の配分の変化をもたらして、国内消費の増加を支えていくことになる
企業収益の一部は中国政府が天然資源(土地を含む)に関して適切な利用料を徴収していないことから生まれている
本来それは人民の所有物なのだ
企業がそういう資源を競売したら、その売却代金によって潤沢な収入を得るだろう

中国がアメリカに投資をしようとすると抵抗にあうことがある
たとえば、ユノカル社を買収しようとしたときがそうだ
比較的小さなアメリカの石油会社で実質的な資産のほとんどがアジアに存在していたというのに
アメリカは一見すると、多くの分野で投資に対して開放的だと思われるが、国家の安全保障にとって非常に重要であるとして、幅広い分野を投資から保護してきた
これはグローバル化の根本原則を揺るがす危険性がある
アメリカは途上国に対し、ゲームの基本ルールの一つとして、市場を開放して外国人の所有を認めなければならないと主張してきたのだから

もし中国が外貨準備金として、保有している大量のドルを売ると、中国の通貨はドルに対してさらに価値が上がり、それによって、アメリカと中国とのニ国間貿易の不均衡は改善されることになる
ただし、中国がアメリカの貿易赤字全体を解消するほど大量のドルを売却することはないだろう
そんなことをすれば、アメリカは他の国から繊維製品を買うはずだ
しかしながら、中国がまだ持ち続けている巨額のアメリカ財務省短期証券(Tビル)、そのほかのドル建て資産に関して大きな損失を被ることを意味する
中国が進退きわまっていると見る人もいる
ドル離れをすると、外貨準備金と輸出で巨額の損失を被る
ドルを持ち続ければ、外貨準備金の損失を先延ばしできるが、いずれにしても必ず調整は訪れるだろう
売上減についての心配はおそらく杞憂だ
中国は現在、実質的な売り手融資を提供している
つまり、中国の品物を買う国に対して資金を与えているのだ
アメリカに資金を貸して品物を買ってもらうかわりに、他の地域の国々に貸せばいい
現実に他国への貸出は増えているし、中国国民に貸し出す手もある