フリーフォール24 ジョセフ・E・スティグリッツ


ドルの保有に関して2009年3月、中国の中央銀行の総裁が長年温められてきたある着想に支持を表明した
世界準備通貨の創設だ
新しい世界準備通貨が毎年発行されれば各国はもはや現在の収入の一部を世界的な備えてとっておく必要がなくなるだろう
かわりに、新しく発行されたお金をとっておくことができるからだ
従来の保有分が消費に回されることで、世界総需要が増加し、世界経済が強化されるだろう
この発案には、他にも重要な理由が2つある
まず、現行制度が不安定なことだ
現在、各国はドルを保有して、自国通貨と国に対する信認を担保し、世界市場の浮沈に対する一種の保険にしている
外国が準備金として保有するドルが増えれば増えるほど、アメリカの対外債務の増加に対する不安が増す
もうひとつは、もし一部の国が外貨準備を積み上げるために貿易黒字を達成しようと画策すると、他の国々は貿易赤字を免れなくなる
世界の黒字の総額と赤字の総額は等しいはずだからだ
しかし、貿易赤字は問題となりうるので、各国は懸命に赤字から脱却しようとしてきた
もし一つの国が赤字から脱却すると、他の国の赤字が増える
ほとんどの国が少額の貿易赤字を出しながら、外貨準備金を積み上げることも、新しい世界準備通貨の割り当てのおかげで可能になる

貧しい国々がアメリカに数千億、いや数兆ドルを低金利で貸し出している
国内にきわめて多くのハイリターン投資プロジェクトがあるのにアメリカに貸し出しているのだから、外貨準備金がいかに重要であり、世界の不安定性がいかに深刻であるかがわかる

争点は、世界がドル準備通貨制度から完全に撤退するかどうかではなく、よく考えて注意深く撤退するかどうかなのだ
明確な計画を立てないと世界の金融システムはいっそう不安定になってしまう

新しい世界準備通貨があれば、各国はアメリカのTビルを買って準備金の形で保有する必要はなくなるだろう
もちろんドルの価値が下がり、アメリカの輸出が増加し、アメリカの輸入が減少し、総需要が強まり、政府としては大赤字を垂れ流してまで完全雇用状態を維持する必要が少なくなる

世界は2(ないし3)通貨制度に移行して、ドルとユーロを併用するかもしれない
しかし、そういう制度は現行の1通貨制度よりいっそう不安定なものになりうる
世界にとってこのシステムは、ドルに対してユーロの価値が上昇すると期待される場合、各国が保有財産をユーロに切り替えはじめることを意味するかもしれない
そうなるとユーロが強くなり、ユーロへの信頼感がいっそう強まる
ただし、そのあとなんらかの出来事、政治的ないし経済的騒乱が起こると、逆のプロセスが始まる
ヨーロッパにとってこの制度は特別な問題を提起するだろう
というのも、EU諸国は制約によって、財政赤字を出して弱い需要を埋め合わせることができないからだ

2009年、G20は合意により特別引出権(SDR)(IMFが創出した一種の国際準備資産)を大量に(2500億ドル)発行した
しかし、SDRには厳しい制限がある
SDRはIMFのクォータ(各国がIMFに払い込む出資金割当額)を基礎に配分され、アメリカが最大の取り分を有する
しかし、アメリカはいざとなればドルを印刷すればいいのだから、外貨準備金を保有する必要がないことは明白だ
SDRを発行する際、割合がなければ外貨準備を拡大していくと思われる国々に割り当てたほうが、この制度ははるかにうまく機能するだろう
あるいは別の選択肢として、新しい世界準備通貨なら、援助を必要としている国々に行き渡ることも可能だろう
新制度が黒字を阻害するように設計されるなら、さらに望ましい
アメリカは中国の黒字に神経をとがらせているが、現在の制度では、各国が準備金を維持し、黒字を出して準備金を増やす方向へ強いインセンティブが働いている
今回の危機では、準備金の額が大きい国のほうが、適正な額の準備金を持たなかった国よりはるかに上手く危機を乗り切った
上手く設計された世界準備制度では、継続して黒字を出す国々は準備通貨の割合を減らされ、そのことによって、もっと適正なバランスを保つよう促される
うまく設計された世界準備制度は、さらに世界経済の安定化にも役立つだろう
世界の成長が弱いときにより多くの世界準備通貨が発行されれば、支出を促すことになり、それに伴って成長と雇用も上向くからだ
世界はドルを基軸通貨とする準備制度から距離を置く方向に進むだろう
新しい世界準備制度の創設に関する合意が得られなければ、世界はドルから離れて多通貨準備制度へと移行し、短期的には世界金融を不安定にして、長期的には現行制度より不安定な管理体制を生み出す公算が大きい

アメリカは、特に多極主義を強化するためにできることをするべきだ
それはつまり、IMFと世界銀行を民主化し、改革し、資金を提供して、途上国が困ったときにニ国間援助にあまり頼らなくていいようにすることを意味する
アメリカは、保護主義やブッシュ時代のニ国間貿易協定と袂をわかたなければならない
これらは過去60年間にわたって多くの人が熱意を注いできた多極的貿易制度創設への努力に水を指してしまう
アメリカは、金融市場の分裂の危機を回避するのに不可欠な新しい強調的金融規制システムの設計に手を貸し、前述した新しい世界準備制度を支持すべきなのだ
そういう努力がなされないと、世界金融市場は不安定な新時代に突入し、弱い経済状態の時代が続く恐れがある

80年前の大恐慌、当時優位に立っていた理論的枠組みは、今と同じように、市場は効率的で自己修正できるという考え方だった
経済が景気後退へ、そのあと不況へと陥ったとき、多くの物はある簡単な助言を与えた
何もするなと
ただ待っていれば、経済は迅速に回復するだろうと
またハーバード・フーヴァー政権下の財務長官アンドリョー・メロンが国家財政の収支バランスを回復しようとしたことを、多くの者が支持した
不況は税収を歳出より速く減らしてしまう
自信を取り戻すためには、支出を税収にあわせて減らさなければならないと、ウォール街の財政保守派は信じていた
1933年に大統領になったフランクリン・ルーズベルトは、別の道を歩むと主張し、大西洋の向こう側から支持を得た
イギリス人のジョン・メイナード・ケインズは歳出を増やして経済を刺激せよといったのだ
これは赤字を増やすことを意味する
ケインズは資本主義を資本主義そのものから救おうとしていたのだ
市場経済は職を生み出せない限り生き延びられないということをケインズは知っていた
2008年の大不況で数多く聞かれた主張は、ルーズベルトのニューディール政策がじつは失敗で、それどころか事態をさらに悪化させてしまったというものだ
この見解によると、ようやくアメリカが大恐慌から抜け出せたのは、第二次世界大戦のおかげだった
たしかにそういう面もあった
しかし、そうなってしまった主な理由は、ルーズベルト大統領が一貫して国家の支出を増やす政策をとらなかったせいだ
1937年には赤字の大きさを憂慮して、政府の支出が削減されてしまった
しかしたとえ戦争のためであっても支出は支出であり、その支出がアメリカ経済の将来の生産性や市民の福利を改善するのは必然なのだ
ルーズベルトに対して、批判的な者でさえ、ニューディール政策の支出によって経済が恐慌から抜け出せなかったとしても、戦争への支出によって抜け出せたという点では見解が一致している
ともかく、大恐慌からわかったことは、市場経済は自己修正できないということだ

第二次世界大戦後の不況のほとんどが、FRBによる鹿渡の金融引き締めに関係しているという事実を根拠に、保守派は市場の失敗にこそ、市場の完璧さがそこなわれた責任があるのだという偏見を強めた

経済史学者の故チャールズ・キンドルバーガーによると、金融危機は過去400年間におおよそ10年間隔で起こっている
1945年から1971年の四半世紀は例外で、景気の変動はあったが、世界で銀行危機が生じたのは1962年のブラジルだけだ
この期間の前も後も、銀行危機は経済生活につきものだった
フランクリン・アレンとダグラス・ゲイルは、なぜ第二次世界大戦後の四半世紀に危機が起こらなかったのかに関して、説得力のある解釈を提示している
世界全体で協力な規制が必要だと認識されていたからだ
政府の介入が結果として、経済の安定化をもたらし、当時の急速な成長と平等の拡大をもたらしたと思われる
驚いたことに1980年代になると、市場は自己修正できるし効率的であるという見解が、政界の保守派の中だけでなく、大学のエコノミストの間でも再び幅を利かせるようになった