フリーフォール26 ジョセフ・E・スティグリッツ


金融市場に身をおく人間を含めて多くの人は、市場の規制さえ緩和されれば、そこに大きな利益を得る機会が見出だせると考えていた
結局、規制とは制約なのだ
ほぼ必然的に、制約のある市場で企業が得る利益は、制約のない市場で得られるはずの利益より少なく見えてしまう
利益が少なく見えるとわたしがいうのは、見込み利益について考えるとき、各企業は、制約が取り除かれたらどうなるかという結果の全体像を考慮にいれていないからだ
制約のない市場では他の企業の行動も変化する
実際、市場が効率的で競争的だという主張が正しかった場合に、標準的な経済理論が出す答えを、私たちは知っている
最終的に利益は再びゼロへと押し下げられるだろう

成功を収めている市場経済の中核には、よく機能する金融市場があって、不足しがちな主要資源の一つである資本の割当を指揮している
価格メカニズム(訳注:価格の変動を通して資源の過不足が解消され、価格が資源配分の機能を果たすこと)は、市場が情報を集めて処理し、伝える過程の中心になっている
物の価格は、経済において起こっていることの一部を織り込んでいるが、外部の雑音も多い
あまりにも多いので、市場において価格が提供する情報だけを頼りに売買する投資家はほとんどいないだろう

市場参加者が数十億ドルもの金を湯水のように注ぎ込んで市場を負かそうとする事実そのものが、市場は効率的であり、ほとんどの市場参加者は合理的であるという二つの前提が間違っていることを証明する

FRBがバブルについてあれほど無関心だった理由のひとつは、問題が生じてもたやすく対処できるだろうという理念にくみしていたからだ
たやすく対処できると信じていた理由のひとつは、新しい証券化モデルを信頼していたからだ
リスクが世界中に分散されていたので、世界ね経済システムが簡単にリスクを吸収できると考えていた

■ジョセフ・シュンペーター、フリードリヒ・ハイエク
シュンペーターが重きを置いたのは、イノベーションを巡る競争だ
各市場では一時的に独占者が支配権を握るが、イノベーションを導入した別の主体がすぐに取って代わり、新たな独占者になる
市場の内部で競争があるのではなく、市場を手に入れようとする競争があるのであり、この競争はイノベーションを手段として繰り広げられた
シュンペーターは、次のような重要な問い掛けを行うことはなかった
独占者が新しいライバルの参入を阻止するために行動を起こすのではないか
イノベーションを導入した者は、ほんとうに新しい発想を練り上げるのではなく現独占者の市場シェアを奪いとろうとすることに注意を向けるのではないか
イノベーションの過程が効率的だと言い張れるような感覚が果たして存在するのか

近年の経験から問題は市場擁護者が主張するほど楽観視できないことがわかる
例えばMicrosoftはパソコンのOSにおける独占力をテコにして、ワープロや表計算ソフト、ブラウザのようなアプリケーションにおいても支配権を握ろうとした
Microsoftが競争相手の候補者を押さえ込むその力は、ライバル候補者のイノベーションに冷水を浴びせた
実際、現独占者は、他社の参入を思いとどまらせて独占的地位を維持するために、おびただしい数の行動をとることができる
そういう行動の中には、プラスの社会的価値を持つものもある
とにかくライバルより速くイノベーションを成し遂げることもそうだ

共産主義システムにおける意思決定は、中央集権化されて、計画局が集中して行った
大恐慌を経験し、膨大な資源が誤って割り当てられるのを、そして人々がとてつもなく苦しんでいるのを、見てきた人々の中には、資源をいかに割り当てるべきかを決めるさいに、政府が中心的な役割を果たすべきだと確信するものがでてきた
ハイエクは、そういう見解に異を唱え、分権化された価格システムの持つ情報面での利点を擁護するだけでなく、より大きな視点から、機関そのものが分権化されるという進化をも擁護した
計画を立てるさいに、関連する全ての情報を集めて処理することができるものなどいないという点で、ハイエクの主張は正しいが、これまでみてきたように、だからといって、束縛を受けない価格システムそのものが効率的であるというわけではない
ハイエクは生物学の進化という概念に影響を受けて、比喩として用いた
ダーウィンは適者生存について語り、社会ダーウィン主義は、同じように最も適した企業のみが生き残るという情け容赦のない競争が経済の効率性をどこまでも高めていくのだと力説した
ハイエクはこれをそのまま信条として受け入れたが、じつは、指針のない進化の過程は、経済を効率的にするかもしれないが、しないかもしれないのだ
残念ながら、自然淘汰は必ずしも、長期的に見て最適の企業(ないし機関)を選ぶとは限らない
ハイエクは、労働時間の規制から、通貨政策、法制度、適切な情報流入まで、様々な分野ど政府には果たすべき役割があると主張した