■大きく、しぶとく、考え抜く 原田泳幸


8年前の2004年に私がマクドナルドに入社した時は、7年連続既存店売上高マイナスという会社全体が針路を見失っていた時代でした
そうした中で私が行ったのは、進むべき方向を示したことです
本来の姿をもう一回見つめ直し、それを軸足に「マクドナルドの強さをもう一度回復させる」、ただその一点だけでした
そして、ひとつひとつ新しい改革を進めていったのです
改革は大きく2つに分けることができます
ひとつは業界で誰も行ったことがない新しい施策を実行すること
例えば、地域別価格、100円マック、24時間営業などです
「非常識なことを常識にしてやろう」、そういったチャレンジでした
もう一つは経営構造改革です
「戦略的閉店」と称して、目先の売り上げの500億円を犠牲にしてでも433店舗を閉鎖し、さらなる成長のために身を削る思いで基礎体力をもう一度付け直しました
直営店を減らし、フランチャイズを増やす施策などは、全員がハッピーになれる改革ではありません
しかし、改革しなければ全員が不幸になる、そういった思いで過去の経営の負の遺産に対して構造改革を推進しました

これからマクドナルドが継続的に成長するためには、どうしても後継者づくり、人材のパイプラインが必要です
先に述べた「基本に戻る」「新しい試みをする」「構造改革」は、私のリーダーシップでこれまで強引に引っ張ってくることが出来ました
今後は、私が「こっちへ行こう」と言わなくても自分たちでビジネスを成長させられる、つまり後継者にビジネスの舵取りをさせることが、今の私の一番大きなチャレンジであり課題です

私がリーダーシップを取れば、まだまだ成長できることはたくさんあります
しかし、構造改革というのは常に次に向けて自ら変化することであり、一回やったらそれで終わるものではありません
構造改革は終わりなき改革です

確かに、何かを達成するためには知識とお金が必要とされる時もあります
今、世の中の仕組みは人材や経営者などを評価する時も、知識やお金をどれだけ持っているかで評価する傾向にあると感じています
しかし、そのような基準で周りから評価された結果をもとに、自分を評価してしまうような勘違いをしているのではないかと危惧しています
本来、知識やお金は手段です

自分の人生を振り返ったり、様々な人材を見たりしてきた中で、「人間にとって一番必要な力とは何なのだろうか」と考えてみると、それはやはり「人間力」だとおもいます
人間力とは、まず人から愛されること、信頼されること、そして人と人との協調性を大切にすること、物質的な価値観ではなく、精神的な価値観をきちんと持っていることだと思うのです

常に成長の土台をつくる商品というのは必要です

「マクドナルドは、高価格帯商品を追求していると見られているのではないか」との疑問がありました
マクドナルドの最大の価値は2つ、お得感を示す「バリュー・フォー・マネー」と、徹底して利便性を追求する「スーパー・コンビニエンス」です
これに向かってビジネスモデルを7年ぶりにつくり直そうとしたわけです

プランに対して未達だから、ビジネスが上手くいっていないというのはやや単純な発想で、大きな流れで数字を見極める必要があります
例えば、4月の日本マクドナルドの既存店売上高をみると、前年同月比3.6%減です
ただ、それだけで業績が悪化していると見ると、これまでの経営改革の成果を見落とすことになります
最近当社では収益性の高い大型店舗を各地で出店しています
当然、利用者の多くはこの店にシフトしますよね
その結果、大型店舗が入っていない地域の既存店売り上げは落ちるわけです
改革のために進めてきた店舗の大型化というファクターを考えず、改革前と同じ構図で計算してプラスだ、マイナスだと一喜一憂している
これでは、本当に見なければいけないところを見ていないのです

「データだけにとらわれるな」とは、口を酸っぱくして話しています
みんな点数だけで思考しているわけです
データを見ているだけでは、良くなったか悪くなったかは誰にも分かりません
もっときめ細かくデータを読み込んで、現在のマクドナルドのサービスについて評価しなければなりません
これは思考停止していることを意味します
そういう管理項目について、外資系企業は世界のどこでもKPIを使います
つまり数値管理をするわけです
ですが、それをやりすぎると、みんなが思考停止してしまうのです
数値が目的になってしまうからです

数値というのは、あくまでも自己診断のためであって、自分がナビゲーションするための客観的データに過ぎません
最終目的はKPIの数値ではなく、売り上げです
売り上げを上げていくためにこのKPIをどう使うのか、という思考が大事なわけです

マネジメントというのは、アセスメント(評価)とコーチングの両方が必要です
大抵、評価することばかりに気を取られる人が多いですが、むしろコーチングのほうが大事です
コーチングをしている情熱が部下に伝わってはじめて、評価も聞き入れてくれます
コーチングもサポートもしないで「ただ君は何点だ、彼よりも何点いい」などというだけではダメです
評価だけのマネジメントなどは、外部企業に任せてしまえばできます

データというのは見方や使い方次第です
ところが、大半の人は結果データの解析しかしないので、真の原因が分からない

とにかく、状況が変わっても同じ物差しで人は考えがちです
サイエンス(科学)的な合理性だけでは難問は解けません
やはり人がどんなことを考え、どう行動するのか、サイコロジー(心理学)が欠かせません
成功は、思考停止を招きますね

人も企業も常にハングリーでないと、成長しませんよね
中国や韓国にはまだそんな勢いがあります
今、元気なサントリーホールディングスが、キリンビールやアサヒビールが強い時代にビール事業に進出した心境が少し分かります
企業力を高めるためだったのでしょう

現場のやる気をうんと引き出すには、こちらの情熱が大切なのです
マクドナルドは、やはりピープル・ビジネスが原点です
理屈やサイエンスではありません
現場のやる気が最大の武器です

最近のことですが、とんがった社員が退職してしまいました
確かに常識ある管理職から見ると、「もうあいつはクビだ」という感じの人間でしたが、私は常にそういうタイプをキープするようにしていました
型にはまらない発想を求めてのことです
しかし、成功していくと、だんだんマネジメント・リスクをとらず、安全に安全にいこうという方向に進んでしまいます
ですから、とんがった人間ははみ出してしまうようになり、辞める結果になったような気がします

会社には常に不満分子が存在します
この不満分子をどのように扱うかによって、集団として会社の性格が決定されます
やっかいな存在ですが、不満分子を排除せずにいかにうまく使うかが鍵になります
不満分子には個性的な人物も多く、もう少し増やす必要があります
そうしないと組織が利口になり過ぎる
ただそのコントロールは難しいです
不満分子を放置しておくと、必ず他にも不満分子をつくろうとするからです


マクドナルドのコーヒー国内シェアは、近年力を入れているチキンよりも高いのです
なぜかというと、コーヒーは一般的に摂取頻度が高く、マクドナルドの店舗シェアがコーヒーチェーンよりはるかに高いからです
私は、「なぜ、このコーヒーのマーケットシェアと相乗効果を出すようなマーケティング戦略がないのか」と言っています
すなわち、バリューセットやコンビなどがありますが、これだけでいいのか
値上げとか値下げだけではなく、経営の資産であるコーヒーのシェアとどう連動させるか、どうドライブスルーの機能と連動させるか、そこの店舗開発の投資とマーケティングの投資との連動がないのです

マクドナルドはピープル・ビジネスです
人を育てることが最も重要な経営だと確信しています


ビジネスとはマーケットをつくること
外食産業の場合、安売り戦争が中心です
「売る」のではなくて、そこに存在するお客様の需要をローコストで隣から「奪う」という競争になっています
それはマーケットをつくっているわけではありません
では、どうやってつくるのか
広告宣伝を使って商品の需要を喚起するのではなく、お客様にとって、今まで経験したことのない価値を提供するという視点がなければいけません

経営というのは、すべての相反する要素をみたそうとする矛盾を追いかけることです
矛盾だらけの中で経営しているわけです
例えば、顧客満足度を上げようと思ったら、店舗にクルーをたくさんいれることで、確実に上がります
しかし、クルーを多くしたらその分、利益を圧迫しますね
一方で、利益を上げようとすると満足度が下がります
「では、どちらをとりますか」という質問をよく受けますが、その時は「両方とれ」と言います
両方取ることがビジネスなのです
同時に取れないから、双方のバランスを取りながら誘導していくのです
客単価と客数のバランスもそうです