フリーフォール18 ジョセフ・E・スティグリッツ
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100%ローン、変動金利型ローン、ティーザー金利型ローン、バルーン型ローン、などの住宅ローンを利用するアメリカ人は、多くの場合、収入の40〜50%、もしくはそれ以上を毎月銀行への返済にあててきた
クレジットカードの金利を含めれば、数字はもっと大きくなる
政府は(FRBを通じて)超低金利で銀行に資金を貸付けてきた
だとしたら、政府が低金利で調達してきた資金を問題を抱える住宅所有者に手頃な金利で貸し付けてはいけない理由があるだろうか
現在政府は実質的にゼロ金利で金を借りられる
例えば年率6%で借りている人物に年率2%で貸せば、なんとか返済を続けられるかもしれない
また手続きコストを考慮しなければ政府はこの取引から利益が得られる
さらに住宅が競売にかけられなければ、不動産価格は下落をまぬがれ、地元会社も悪影響を受けずにすむ
銀行以外の当事者にとってこれはいいことずくめだ
政府は資金調達の点でも利子回収の点でも強みを持っている
(アメリカ政府が債務不履行を起こす確率はほぼゼロ)
保守派は政府がそういう金融活動(銀行への財政支援は除く)に手を出すべきではないと主張してきた
政府は信用評価が得意ではないというのが、彼らの論拠だ
しかし今となってはこの主張に説得力はない
彼ら自身が信用評価と住宅ローン設計に失敗し、経済全体を危機にさらしたからだ
銀行は政府ローンの提案にも反対した
政府と競争したくないからだ
しかし、銀行と政府の競争はよい結果を生む
銀行が貧しいアメリカ人から楽に金を巻き上げられなくなれば、本来のあるべき姿(融資を通じて新規開業や事業拡大の手伝いをする)に戻り、昔のように苦労して金を稼ぐようになるかもしれない
むこうみずなサブプライム融資を擁護する者たちは、金融イノベーションがアメリカ人の持ち家比率を大幅に上昇させると主張した
たしかに多くのアメリカ人が自分の家を持ったものの、その期間はあまりにも短く、その代償はあまりにも高くついた
今回の騒動後に持ち家比率を調べれば、恐らく騒動前より数字は低下しているだろう
現時点では、アメリカの中低所得層の住宅コストを一時的に支援しようという議論がある
長い目でみたとき、住宅分野における現行の資産配置が妥当かどうかは疑わしい
高所得者に恩恵が偏っているからだ
アメリカ政府は住宅ローン金利と固定資産税を所得から控除することを認めており、これは実質的に、住宅所有コストのかなりの部分を政府が負担していることを意味する
例えばニューヨークでは、高所得層の住宅ローン金利と固定資産税のほぼ半分が政府の負担となっている
しかし、この政策では最も助けが必要なところに金がまわっていかない
簡単な治療法がある
現行の所得控除をやめ、現金化可能な定率制の税額控除に移行させるのだ
(低所得者に高率、高所得者に定率を適用する累進制ならなおよい)
定率制の税額控除は、万人を等しく助ける
たとえば、政府が住宅ローン金利の支払いに25%の税額控除を設定したとしよう
一年間に6000ドルの利払いをする家族は、1500ドル分の税金が免除される
現在の制度では、この家族が受けられる控除は900ドルほど
対照的に100万ドルの豪邸に住む高所得層の家族は、1年間に3万ドル分の控除を受けられる
定率制の税額控除なら贈り物の額はまだまだ大きいものの(15000ドル)、少なくとも半額に抑えられる
25%の税額控除を導入すれば、多くのアメリカ人が住宅ローン返済を続けていけるようになるだろう
変動金利型ローンにちょっとした工夫を加え、満期日や返済期間を変動できるようにしてやれば、月々の返済額を固定することは可能なのだ
デンマークの住宅ローン市場は、そういう商品を200年前から提供してきた
債務不履行率は低く保たれている上、標準化された商品は激しい競争にさらされるため、必然的に金利と取引コストは安くなる
債務不履行率が低い理由のひとつは、資産評価額の80%までしか借入ができないという厳しい規制のもと、一次的損害を住宅ローン発行元がかぶる仕組みになっていることだ
アメリカの住宅ローン制度は、含み損が発生するリスクを高め、投機ギャンブルを推奨している
デンマークの制度は、含み損の発生を防ぎ、投機を思い留まらせるように設計されている
今回の危機において、政府は主導的役割を果たす必要があるだろう
なぜなら、民間セクターは果たすべき役割を果たしていないからだ
含み損を抱えた物件が全て債務不履行を起こすわけではない
債務不履行のインセンティブは存在するものの、借り手である人間は世間の評判を気にするからだ
自宅から追い出されず、月々の支払い額が返済可能な範囲内にとどまっていれば、人々は返済を続けるだろう
そのためには、本章で紹介した様々な手法が役に立つはずだ
債務不履行のインセンティブを変える提言は他にもある
レーガン政権で経済諮問委員会の委員長を務めたマーティン・フェルドスタインは、既存の個人向け住宅ローンの一定割合(例えば20%)を政府の低金利ローンに切り替えるという案を提唱した
その案では、政府ローンはノンリコース型でなくリコース型となる
債務不履行を宣言しても、政府に対する返済義務は残る
政府ローンから逃げられないということは、銀行のノンリコース型からも逃げないことを意味する
結果として、債務不履行率は低下するだろう
この提言は実質的に貸し手への大きな贈り物となる
貸し手の利益の一部を負担させられるのは、ノンリコース型ローンからリコース型ローンに乗り換えさせられる借り手だ
前にも述べたとおり、ノンリコース型ローンはオプション契約のようなものである
資産価格が上がったときに利益を得られる一方、資産価格が下がっても損をかぶる必要はない
ノンリコース型からリコース型への変更はオプション権の放棄と言い換えられる
オプション権には金銭的価値があるが、金融知識に乏しい借り手は、おそらくこの価値に気付かず、無料で権利を放棄してしまう可能性が高い
フェルドスタインの提言に少し変更を加えれば、債務不履行率を低下させると同時に貸し手にたいするこれ以上の不適切な贈与を回避できる
そのためには、政府が銀行にオプション権を公正な市場価格で買い取るよううながし、住宅所有者にはオプション権の売却代金を使って既存の住宅ローンの金利分を繰り上げ返済するよううながせばよい
たとえば、30万ドルの住宅に30万ドルの住宅ローンが設定され、含み損が出る可能性が高い場合を考えてみよう
まずは銀行がローンの6万ドル分をリコース型ローンに転換する
このオプション権の価値を一万ドルとすると、一万ドル分の金利の繰り上げ返済を行えば、月々の利払いは50ドル分軽減される
この取引を(銀行にとっても住宅所有者にとっても)さらに好ましいものにするには、政府が債務不履行率の低下までを視野に入れて6万ドルのリコース型ローンを年利2%で引き受ける手がある
これを25%の税額控除と組み合わせれば、住宅所有者の金利負担は年18000ドルから11250ドルに軽減される
返済額の縮小は債務不履行率の低下を意味するから、これはまさにウィン・ウィンの状況と呼べる
銀行がバランスシートの改善を求められる理由の一つは、新規貸付の障害となっている将来の不確実性を減らすことにある
この制度は損失を銀行から納税者に転嫁するのではなく、住宅所有者を手助けすることによって、不確実性の縮小という目的を達成するだろう
これまで政府が成功を願って実践してきたのはトリクルダウン経済だ
すなわち銀行に充分な資金を与えれば、恩恵が上層から下層へと流れ落ちていき、住宅所有者と経済全体は少なくとも一息つけるというものだった
これに対して提案する制度はトリクルアップ経済の実例といっていい
一般市民を支援することが結果として銀行救済につながるからだ
説明した簡単な提案を導入すれば、債務不履行問題は過去の遺物となっていたはずだ
しかし、残念ながらオバマ政権はブッシュ政権の方針を継承し、努力のほとんどを銀行救済に振り向けてきた
銀行に金を注ぎ込んでも、住宅ローン市場の状況は悪化するばかりであり、数ヶ月もしくは数年が過ぎたら、銀行はまた新たな問題に直面する可能性か高い
事実、銀行救済の仕組みは住宅ローンの再編成を阻む方向に動き、貸し渋りの解消に失敗したばかりか、他の手法を採用した場合よりも国家の負債を増大させてしまったのだった
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100%ローン、変動金利型ローン、ティーザー金利型ローン、バルーン型ローン、などの住宅ローンを利用するアメリカ人は、多くの場合、収入の40〜50%、もしくはそれ以上を毎月銀行への返済にあててきた
クレジットカードの金利を含めれば、数字はもっと大きくなる
政府は(FRBを通じて)超低金利で銀行に資金を貸付けてきた
だとしたら、政府が低金利で調達してきた資金を問題を抱える住宅所有者に手頃な金利で貸し付けてはいけない理由があるだろうか
現在政府は実質的にゼロ金利で金を借りられる
例えば年率6%で借りている人物に年率2%で貸せば、なんとか返済を続けられるかもしれない
また手続きコストを考慮しなければ政府はこの取引から利益が得られる
さらに住宅が競売にかけられなければ、不動産価格は下落をまぬがれ、地元会社も悪影響を受けずにすむ
銀行以外の当事者にとってこれはいいことずくめだ
政府は資金調達の点でも利子回収の点でも強みを持っている
(アメリカ政府が債務不履行を起こす確率はほぼゼロ)
保守派は政府がそういう金融活動(銀行への財政支援は除く)に手を出すべきではないと主張してきた
政府は信用評価が得意ではないというのが、彼らの論拠だ
しかし今となってはこの主張に説得力はない
彼ら自身が信用評価と住宅ローン設計に失敗し、経済全体を危機にさらしたからだ
銀行は政府ローンの提案にも反対した
政府と競争したくないからだ
しかし、銀行と政府の競争はよい結果を生む
銀行が貧しいアメリカ人から楽に金を巻き上げられなくなれば、本来のあるべき姿(融資を通じて新規開業や事業拡大の手伝いをする)に戻り、昔のように苦労して金を稼ぐようになるかもしれない
むこうみずなサブプライム融資を擁護する者たちは、金融イノベーションがアメリカ人の持ち家比率を大幅に上昇させると主張した
たしかに多くのアメリカ人が自分の家を持ったものの、その期間はあまりにも短く、その代償はあまりにも高くついた
今回の騒動後に持ち家比率を調べれば、恐らく騒動前より数字は低下しているだろう
現時点では、アメリカの中低所得層の住宅コストを一時的に支援しようという議論がある
長い目でみたとき、住宅分野における現行の資産配置が妥当かどうかは疑わしい
高所得者に恩恵が偏っているからだ
アメリカ政府は住宅ローン金利と固定資産税を所得から控除することを認めており、これは実質的に、住宅所有コストのかなりの部分を政府が負担していることを意味する
例えばニューヨークでは、高所得層の住宅ローン金利と固定資産税のほぼ半分が政府の負担となっている
しかし、この政策では最も助けが必要なところに金がまわっていかない
簡単な治療法がある
現行の所得控除をやめ、現金化可能な定率制の税額控除に移行させるのだ
(低所得者に高率、高所得者に定率を適用する累進制ならなおよい)
定率制の税額控除は、万人を等しく助ける
たとえば、政府が住宅ローン金利の支払いに25%の税額控除を設定したとしよう
一年間に6000ドルの利払いをする家族は、1500ドル分の税金が免除される
現在の制度では、この家族が受けられる控除は900ドルほど
対照的に100万ドルの豪邸に住む高所得層の家族は、1年間に3万ドル分の控除を受けられる
定率制の税額控除なら贈り物の額はまだまだ大きいものの(15000ドル)、少なくとも半額に抑えられる
25%の税額控除を導入すれば、多くのアメリカ人が住宅ローン返済を続けていけるようになるだろう
変動金利型ローンにちょっとした工夫を加え、満期日や返済期間を変動できるようにしてやれば、月々の返済額を固定することは可能なのだ
デンマークの住宅ローン市場は、そういう商品を200年前から提供してきた
債務不履行率は低く保たれている上、標準化された商品は激しい競争にさらされるため、必然的に金利と取引コストは安くなる
債務不履行率が低い理由のひとつは、資産評価額の80%までしか借入ができないという厳しい規制のもと、一次的損害を住宅ローン発行元がかぶる仕組みになっていることだ
アメリカの住宅ローン制度は、含み損が発生するリスクを高め、投機ギャンブルを推奨している
デンマークの制度は、含み損の発生を防ぎ、投機を思い留まらせるように設計されている
今回の危機において、政府は主導的役割を果たす必要があるだろう
なぜなら、民間セクターは果たすべき役割を果たしていないからだ
含み損を抱えた物件が全て債務不履行を起こすわけではない
債務不履行のインセンティブは存在するものの、借り手である人間は世間の評判を気にするからだ
自宅から追い出されず、月々の支払い額が返済可能な範囲内にとどまっていれば、人々は返済を続けるだろう
そのためには、本章で紹介した様々な手法が役に立つはずだ
債務不履行のインセンティブを変える提言は他にもある
レーガン政権で経済諮問委員会の委員長を務めたマーティン・フェルドスタインは、既存の個人向け住宅ローンの一定割合(例えば20%)を政府の低金利ローンに切り替えるという案を提唱した
その案では、政府ローンはノンリコース型でなくリコース型となる
債務不履行を宣言しても、政府に対する返済義務は残る
政府ローンから逃げられないということは、銀行のノンリコース型からも逃げないことを意味する
結果として、債務不履行率は低下するだろう
この提言は実質的に貸し手への大きな贈り物となる
貸し手の利益の一部を負担させられるのは、ノンリコース型ローンからリコース型ローンに乗り換えさせられる借り手だ
前にも述べたとおり、ノンリコース型ローンはオプション契約のようなものである
資産価格が上がったときに利益を得られる一方、資産価格が下がっても損をかぶる必要はない
ノンリコース型からリコース型への変更はオプション権の放棄と言い換えられる
オプション権には金銭的価値があるが、金融知識に乏しい借り手は、おそらくこの価値に気付かず、無料で権利を放棄してしまう可能性が高い
フェルドスタインの提言に少し変更を加えれば、債務不履行率を低下させると同時に貸し手にたいするこれ以上の不適切な贈与を回避できる
そのためには、政府が銀行にオプション権を公正な市場価格で買い取るよううながし、住宅所有者にはオプション権の売却代金を使って既存の住宅ローンの金利分を繰り上げ返済するよううながせばよい
たとえば、30万ドルの住宅に30万ドルの住宅ローンが設定され、含み損が出る可能性が高い場合を考えてみよう
まずは銀行がローンの6万ドル分をリコース型ローンに転換する
このオプション権の価値を一万ドルとすると、一万ドル分の金利の繰り上げ返済を行えば、月々の利払いは50ドル分軽減される
この取引を(銀行にとっても住宅所有者にとっても)さらに好ましいものにするには、政府が債務不履行率の低下までを視野に入れて6万ドルのリコース型ローンを年利2%で引き受ける手がある
これを25%の税額控除と組み合わせれば、住宅所有者の金利負担は年18000ドルから11250ドルに軽減される
返済額の縮小は債務不履行率の低下を意味するから、これはまさにウィン・ウィンの状況と呼べる
銀行がバランスシートの改善を求められる理由の一つは、新規貸付の障害となっている将来の不確実性を減らすことにある
この制度は損失を銀行から納税者に転嫁するのではなく、住宅所有者を手助けすることによって、不確実性の縮小という目的を達成するだろう
これまで政府が成功を願って実践してきたのはトリクルダウン経済だ
すなわち銀行に充分な資金を与えれば、恩恵が上層から下層へと流れ落ちていき、住宅所有者と経済全体は少なくとも一息つけるというものだった
これに対して提案する制度はトリクルアップ経済の実例といっていい
一般市民を支援することが結果として銀行救済につながるからだ
説明した簡単な提案を導入すれば、債務不履行問題は過去の遺物となっていたはずだ
しかし、残念ながらオバマ政権はブッシュ政権の方針を継承し、努力のほとんどを銀行救済に振り向けてきた
銀行に金を注ぎ込んでも、住宅ローン市場の状況は悪化するばかりであり、数ヶ月もしくは数年が過ぎたら、銀行はまた新たな問題に直面する可能性か高い
事実、銀行救済の仕組みは住宅ローンの再編成を阻む方向に動き、貸し渋りの解消に失敗したばかりか、他の手法を採用した場合よりも国家の負債を増大させてしまったのだった