2012年02月

20111114日経ビジネス

20111114日経ビジネス

■村上太一 リブセンス社長
同じ世代の起業家仲間はたくさんいますが、僕らの世代と先輩企業家の方々とは、企業に対する考え方が違うかもしれません
うまく言えないのですが、同世代には、「お金持ちになりたい」「名誉を得たい」というような野心を抱いている人が少ないと思います
むしろ「優れたサービスを生み出して、人々の生活に役立つモノになればいい」という思いのほうが強いんです
「世界と戦う」という意識も薄いかもしれません
というのも、ネットはそもそも世界と直結しているので、いいサービスを開発してユーザに受け入れられれば、そのまま世界中で売り込める時代になっているんです

ネットの世界って、社員が多ければいいものが生まれるわけではありません1人の天才エンジニアが世界を変えるサービスを生み出すことがある
そこに無限の可能性を感じるし、日本からでも世界に誇るサービスが生み出せると考えています

いまは仕事に365日集中しています
趣味はありませんね
だって、僕にとってこれ以上の楽しい時間は存在しないと思っていますから

20111107 日経ビジネス

20111107 日経ビジネス

■日本曹達
農薬大手の日本曹達は世界の80カ国以上で販売する殺菌剤「トップジンM」の原体の生産を韓国で始める
進出先は韓国南部にある麗水市
同国三大コンビナートの一つがある
外国企業への投資減税制度で法人税は5年間無税で、さらに2年間は半額で済む
地方税や市税も15年間はタダ
貿易自由化、為替、法人税、温暖化ガス規制、労働規制、電力問題
自動車や電機などでライバルとなった韓国メーカーに対して、国内メーカーは「六重苦」と呼ばれる、ハンディを背負っての戦いを強いられている

逆に言えば、韓国ではこれらの条件がクリアされている


■大坪文雄 パナソニック社長
テレビ事業が収益的に非常に厳しいことは事実です
私たちは計5工場への大型投資決断しました
投資を決めた当時はパネルからテレビを一貫する選択肢は理にかなっていました
ただ為替相場はそのころ1ドル115円前後でした
円高を想定できなかったのは反省すべき点です
また薄型テレビがコモディティ化するスピードの速さを痛感しました
それでもこれだけ大きな生産能力を持っているのですから、円高や価格下落がいくら激しくても、大量生産や地道なコスト削減を続ければ、再生の道は開けると思ってきました
しかし、それは難しいと判断しました
経済実態から乖離した水準まで円高が進んでいますし、ウォン安の進行で韓国メーカーとの優劣の差はどんどん開きました

問:
テレビ事業をどのように黒字化させますか
答:
設備投資が重すぎました
これからはアセットライト(資産の軽量化)戦略に転換します
生産量の拡大による収益の追求はもう辞めます
国内工場はプラズマの尼崎第2、液晶の姫路に絞り込みました
今ある設備の範囲内で最適な数量を作り、着実に収益を確保する方向に舵を切ります
プラズマテレビに力点を置いて薄型テレビ事業に取り組んだことも反省点です
プラズマは技術的に大型テレビに向いています
ですから、家庭のテレビが大型化することを想定して、プラズマテレビで大画面のニーズに応えようとしました
この判断は当初正しかった
ところがその後、各社が液晶パネルに積極投資して液晶テレビでもプラズマテレビに劣らない大型製品を作れるようになりました
当社も大型テレビで液晶を採用した商品を今後はどんどん開発することにしました
製品デザインも劣っていました

急激な円高に限らず、日本の高い法人税率や電気料金、関税障壁などあらゆることが当社の経営の重しになっています
TPPへの参加などを通じて、一つ一つをはやく解決していくほかありません

我々が掲げる「まるごと」はこれまで他社が取り組んでこなかった全く新しいビジネスモデルへの挑戦だと考えています
そう簡単にビジネスは拡大しないでしょう
パナ電工の長榮周作社長らの発案である100本の矢作戦に取り組み、地道に売り上げ拡大を目指します
まるごとに関わるプロジェクトやテーマ一つを一本の矢に例えて
それを世界中で100本揃えようとしています
例えばコンビニストアチェーンに省エネ製品などを一括提供する「コンビニまるごと」
すべての矢が的に命中するわけではないので、100本以上の矢が必要になります
作戦は100本の矢が突き刺さるまで続けます
一本の事業規模が100億円として100本命中すれば一兆円の売り上げになります

20111031日経ビジネス

20111031日経ビジネス

■澤田秀雄 HIS会長について 南部靖之 パソナグループ代表
「創業者」はカネを使って新しいことに挑戦し、「経営者」は緻密な計算によって利益を生み出す
本来違う性格だと思っていたが、澤田君はこの2つを併せ持っている

■ トニー・フェルナンデス マレーシア・エアアジアCEOについて 伊東信一郎全日本空輸社長
トニーの持つ人生訓は、「夢を見ること。かなえること。信じられないことを信じること。夢を見ることに挑戦し、NOとは絶対に答えないこと」彼の人柄、ビジネスはまさにこの言葉通り

■スティーブ・ジョブズ アップル創業者について 孫正義
アップル復帰後に彼が手がけた有名なテレビコマーシャルを思い出す
「Think different」
歴史に名を刻む人物は、その他の人間とは全く違う生命体なのかもしれない
想像を超える発想を生み出す
そして絶えず世の中に問うことになる
だから、crazyと批判されることもある
それでも自分を信じる
そうして生まれたモノだけが、世界を変える力を持つのだ
ジョブズの生き方が、それを証明してくれた
彼がこの世に残したモノは、優れた製品だけではない
彼の生き方、そして考え方から、一体我々は何を引き継いでいくべきなのか

■大震災後の日本経済 野口悠紀雄
「大震災によって、日本経済を束縛する条件は、需要不足から供給不足へと180度変わった」というのが、本書の出発点となる認識である
震災で生産設備が損壊し、でんり供給能力も大幅に低下するため、生産を拡大することができなくなる一方、復興のために巨額の投資が必要になるからだ
こうした超過需要の経済環境で、復興財源として大量の国債を発行すれば、金利が上昇し、激しいインフレーションを起こすという
これまでは、「企業の資金需要が低水準のままであった」ため、長期金利が高騰することはなかった
しかし復興が本格化すると、資金需要に応えるために、金融機関は国債売却を加速して金利が上昇する
そこで国債暴落を回避するために、日銀が大量に国債を購入することでハイパーインフレが生じてしまう
だとすれば、消費は抑制されるが、法人税、所得税、電力税などの増税のほうが痛みは少ないというのが著者の見立てである

■経済復興 岩田喜久男
著者は取るべき経済の範を、昭和恐慌の高橋是清財相に見る
具体的には、復興が軌道に乗るまで、4%のインフレ目標を設定して、マネタリーベースを大きく増やし、「市場に穏やかなインフレ期待を抱かせる」
これに成功すれば、経済成長による税収増や円安による輸出増大につながる
このデフレと円高からの脱却は、震災以前から著者が一貫して唱え続けている提言である

■熊谷亮丸 大和総研チーフエコノミスト
足元はギリシャに端を発した債務危機で、世界にはデフレ懸念が強くなっています
しかし、過去100年の間に世界に起きた金融危機とそのあとの経済情勢を見ると、そんな不安とは異なる姿が浮かび上がります
金融セクターの危機の後には、景気の落ち込みを防ごうとした大規模な財政出動があり、それが財政危機を招くのが常なのです
そしてその次には利下げなど金融緩和が加速し、それがインフレ圧力を高進させるという段階を経ていくのです

株式のような金融商品と実物資産は10〜20年ごとにどちらかが強くなる時代を繰り返しているのです
私は2000年以降、世界経済は実物資産の時代に入ったと見ています
なぜか。グローバル化は新興国経済を急拡大させ、豊かさの増進が穀物や資源の消費量を急増させています

例えば原油価格上昇は加工貿易の国である日本の経済に大きな影響を与えます
一方で、日本は高齢化でやがて貯蓄を取り崩す時代がきます
国の財政は大幅赤字であり、併せて考えると2015〜2020年にも経常収支が赤字に転じる可能性があると見ています
そのときに起きるのは円安であり、株安、債券安、インフレなよではないでしょうか

■ノリエル・ルービニ氏
先進国の企業は最終需要の低迷で生産能力が過剰となり今後の需要も不透明なことから人員削減を進めている
しかし人員削減は最終需要をさらに冷やす
ある企業の労働コストはほかのだれかの労働所得と需要であり、一企業にとって個別には合理的なことも、総体としては有害なのだ
結果として、自由市場は十分な最終需要を生まない
例えばアメリカでは、労働コストの削減は国内総生産に占める労働所得のシェアを急速に縮小させた
カール・マルクスは、社会主義を褒めそやしすぎたが、グローバリゼーション、解放された資本主義、そして労働者から資本家への所得と富の再分配が資本主義を破滅に導くと主張した点は正しかった
彼が述べたように、規制されない資本主義は、信用のバブルと資産価格の騰落に煽られ、常に過剰生産と消費不振を起こし、破滅的な金融危機を繰り返しかねないのだ
大恐慌以前でさえ、欧州の啓蒙的なブルジョア階級は、革命を避けるには労働者の権利の保護、賃金と労働条件の改善、富を再配分し教育、保健、社会的セーフティネットなどの公共財に資金を回す福祉国家の創造が必要だと認識していた

金融システムは慎重に規制する必要があるとの教訓は、欧州の社会福祉モデルの欠陥などにより大規模な規制緩和を求める世論が高まったレーガン米大統領・サッチャー英首相の時代に失われた
その欠陥とは、増大する財政赤字、過剰な規制、そして経済的ななダイナミズムの欠如として表れていたもので、経済成長は停滞し、今日のユーロ圏の政府債務危機に至っている
しかし、アングロサクソンの自由放任モデルとて、今や悲惨なまでに失敗している
市場志向型の経済を安定させるには、市場と公共財の供給の適切な均衡を取り戻すことが必要だ
それは規制されない市場というアングロサクソンモデルからも、財政赤字に依存した大陸欧州の福祉国家モデルからも離脱することを意味する
アジアの成長モデル(そういうものが実際あるならば)でさえ、中国やインドなどでの不平等の拡大を止められなかった
不平等の問題にきちんと対処できない経済モデルは、その正当性がいつかは危機に瀕する


20111024 日経ビジネス

20111024 日経ビジネス

■岡藤正広 伊藤忠商事
自分の仕事ができない理由を社内のルールや外部環境のせいにする人が多いんですよ
僕の経験から言っても、仕事ができない人間ほどルールに対して細かい文句を言う
いまだに「リーマンショックの影響が」とか言い訳してるやつがいるからな
みんな、戦う条件は同じでしょう
それなのに、結果が出ない理由を社内ルールや外部環境にしたって、面白くないだろうに
スポーツも仕事もルールがあるから、面白いわけですよね
僕は、プロの商売人は常に、結果で語るべきだと考えます

僕の尊敬する京セラ創業者の稲盛さんがこんなことを言っているんですね
彼が最初に京都で会社を創業したとき、まずはその町でナンバーワンの会社を目指したそうです
実際にそれを達成すると、次は区内のナンバーワンやと
そうやって京都一、日本一とコツコツと目標を上げていきながら、今の世界企業、京セラを作りあげていったんですね
だから、手の届く目標を掲げて、達成していくのが、成長への確実な方法と違うかな
経営でも僕は経営ビジョンというのが、今ひとつ好きじゃない
10,20年後の自社の目標を掲げてというけれど、先の見えない未来のことに言及しても、当たる確率はほとんどないよね

もちろんね、そういう長期的な視点を持つことは大事ですよ
ビジョンをしっかり固めて、そこから現在の経営に落とし込む考え方の重要性もわかります
けれど、僕はやっぱり、実現できる目標を掲げて、それをコツコツ達成していくほうが肌に合っている
その積み重ねの結果が、頂点につながっていくという経営スタイルです
まあ、職人型とも言えるのかな

あとね、最後にいっておきたいのは、商売は結局、人と人との信頼関係で決まるということです
商売の損というのは頑張ればなんぼでも取り返せる
けれど、人の信用は一度失うとなかなか取り戻せません

■ジョージ・ソロス
残念ながら銀行危機では、ユーロ圏指導者たちは間違った対策を取ろうとしている
具体的にいうと、欧州首脳は銀行システムへの保証ではなく、銀行システムの資本増強について検討している
しかも、ユーロ圏全体でまとまって取り組むのではなく、各国別に資本増強を図ろうとしている

20111010日経ビジネス

20111010日経ビジネス

■小林喜光 三菱ケミカルホールディングス社長
炭素繊維は、日本人が30〜40年かけて生み出したテクノロジーです
台湾や欧米でも多少は開発されているものの、原料から製品まで手掛けているのは、現時点では日本企業だけ
近い将来、日本を支える技術の一つになるでしょう

稼げる技術を生み育てるには、いくつかのポイントがあると思います
一つは絞り込みです
わたしが社長に就任した頃、当社の基礎テーマは300ほどありましたが、その後の4年半で20〜30に限定しました
現在は、新エネルギーと環境、ヘルスケアの3分野に重点を置いています

また、開発競争をマラソンだと思ってはダメです
常に前へ前へと全速力で走り続けなければいけません
「新技術ができたらブラックボックス化したり、特許を固めるなどして長く儲ければいい」といった考えは、私から言わせれば理想論に過ぎません
今の時代、素材は分析すれば原料のレシピはすぐわかります
クルマだって分解すればいい
技術を隠すなんて不可能なのです
確かに特許は重要ですが、せいぜいもって数年
20〜30年先を考えるなら、やはり新しいものを生み続けるしかない
その意味では、技術を生かして企業を成長させようとするならば、開発競争は100メートル走の繰り返しと考えるべきです
たとえ開発に30年掛かるとしても、短距離走の連続なのです

■岡藤正広 伊藤忠商事社長
同じ現場を見ても、できる人間は変化に気づく
儲け話の切り口も鋭い
商売は、有事になってから動き出しても手遅れなんです

日々の現場で、どうやって儲け話を見つければいいでしょうか
正解はありませんが、1つぼくが意識しているのは、常に「明るいところ」を探すということです

新しい魅力的な商売は、大概矛盾をはらんでいることが多い
つまり、既存の商売とぶつかるわけですな

振り返ると、案外、自分たちが今手がけている商売を否定したところに、明るい市場があるかもしれないですね
意識するのは難しいけれど、常に「今の商売だけでいいのか」という客観的な目線は必要です

いくら市場が明るいからといって、自分の不得意な領域に飛び込んだらダメ
一発狙いは禁物です
商売には必ず流れがある
ブランドだって、最初は生地の取引から始まって、ブランドの管理へ移っていったというようにね
その過程でお客さんを少しずつ開拓してきた
それを無視して、全く違う分野に投資すると失敗します
そこにお客さんはいないからね
僕らのブランド事業は、こうした流れに沿って、衣料品から、生活消費全般に広げていきました

韓昌祐 マルハン創業者

不思議なもので勝つ人はいつも買っている
負ける人はいつも負けている
勝ち負けはなかなか公平にはならない

常に次の商売、目標を考えていた
なにか一つ達成すると、ぼくの頭の中で次の計画に進んでいた
それは、ぼくの性分だった


韓国籍の人も、朝鮮籍の人も、すでに日本国籍を取得した人も、国籍でもってうんぬんするのではなくて、共通の民族、民族心で集まるべきだ。日本国籍を取っても、自分たちのルーツ、言葉は忘れてはならない。ルーツをはっきりと自覚するには、韓国の歴史や文化をしっかり学んでおかないといけないだろう。


商店街はまるで西部劇に出てくる廃墟のタウンのように寂れていた
そんな状態まで経済を落ち込ませておいて、ジャスコに文句は言えるだろうか
「敗軍の将は兵を語らず」ということわざの通り、戦いに敗れた将軍は戦略を語る資格などない
文句を言ったとすると、それは言い訳に過ぎない
商売は勝たないといけない
相手に遠慮していると、こちらが死ぬ目に遭う


19世紀にドイツ帝国初代首相になったビスマルクは、こういう名言を残している
「賢者は歴史に学び 愚者は経験に学ぶ」
われわれは歴史から何かを学びとらないといけない
愚者はいつも経験から学ぶ
何かをやってみた。結果は駄目だった。その繰り返しでは歴史から学んだことにならない


資本主義社会は競争社会だ
しかし、競争で得た利益を社会に還元することで社会貢献できる
だから、ぼくは資本主義と人道主義は両立すると考えている
商売である以上、がめつく稼儲けて、お金はきれいに使う
それが大事だ
「お金儲けは技術、お金を使うのは芸術」
とぼくは常々考えてきた


地域社会に感謝の気持ちをもって働くことが大切だとぼくは考えてきた
常に何かを地域社会に還元していく


ホテルニューオータニの創業者である大谷米太郎さんの自叙的な記事を読んだとき、いろいろな商売をしたけれど、自分で苦労して作ったタネ銭でないと、商売は絶対に成功しないといっていることに、ぼくは深い感銘と共感を覚えた
例えば、ぼくが一億円を子どもに渡して、「これで商売をしなさい」といったとしても成功はしない
自分で苦労して貯めたお金でないと、人はビジネスに成功しないそういう教訓が書かれてあった
ぼくは大谷さんの考え方に賛成だ


パチンコ業で5兆円をめざすマルハンの挑戦2 韓昌祐

パチンコ業で5兆円をめざすマルハンの挑戦2 韓昌祐


1991年(平成3年)11月に開店したマルハン中之郷店から藤枝駅南店まで、マルハンは約三年間、新しい店舗を出店しなかった
このころの三年は、社内改革のための人材教育に集中した時期であった


「原価計算できる店長になれ!」と口が酸っぱくなるくらい言ってきた
店長として一番肝心なことだからだ
現場の最高指揮官として自分に任された店舗にどの位の利益がでているのか
あるいはコストにどのくらいかかっているのか
損得勘定のできない人間は店長になっても成功しない
店長というのは、攻撃力が必要だ
相手を攻めていく力がないと、いつのまにか相手に攻められる
資本主義社会は商売の戦争である
だから普段から緊張して誰も隣に進出できないようにしておくのも商売のコツだ

前にぼくは青森県の西津軽郡柏村(現つがる市)を訪れた
人口5000人の小さな村だ
そこには大きなジャスコ(イオン)が進出していた
ところが隣の人口5万人の五所川原市に行ってみると、商店街はまるで西部劇に出てくる廃墟のタウンのように寂れていた
そんな状態まで経済を落ち込ませておいて、ジャスコに文句は言えるだろうか
「敗軍の将は兵を語らず」ということわざの通り、戦いに敗れた将軍は戦略を語る資格などない
文句を言ったとすると、それは言い訳に過ぎない
商売は勝たないといけない
相手に遠慮していると、こちらが死ぬ目に遭う


ダイナムはうちの良きライバルであり、目的であり、また目標になっていた
ダイナムの経営を研究すればするほど、マルハンが学ぶ利点をたくさん発見した
経営効率、計画性、システム、標準化、マニュアルなどチェーンストア理論に基づいて、出店の標準化が明確にできていた
店舗から車で走ると何キロ位内に人口がどれだけあるか
パチンコ台の一時間当たりの稼働率はどのくらいになるか
出店の標準化、ローコスト店舗の作り方、従業員の数、そして人員の配置などもよく研究されていた


19世紀にドイツ帝国初代首相になったビスマルクは、こういう名言を残している
「賢者は歴史に学び 愚者は経験に学ぶ」
われわれは歴史から何かを学びとらないといけない
愚者はいつも経験から学ぶ
何かをやってみた。結果は駄目だった。その繰り返しでは歴史から学んだことにならない


マルハンが大きくなって会社全体が分業化した
しかし、「自分は営業だから開発部の仕事は知らない」という態度はもってのほかだ


マルハンにはマルハン独自の強さがあった
それは営業力だ
営業が強いということは、それは集客につながっていく
ぼくは「売り上げとは、集客力が命なんだ」と考えてきた経営者だ


うちの会社はマルハンイズムとい経営理念と社訓がある
その中に
「創意と工夫」
「誠意と努力」
「信用と奉仕」
の三本柱が掲げられている
これは新しく成文化した経営理念だ
峰山町で商売していたころ、ぼくの心にあった社訓は「努力・信用・奉仕」という三つの言葉だ

日本人が一日八時間働けば在日一世はその二倍働かないと対等になれないと思った
それが社訓の「努力」の意味だ

日本人と在日韓国人が同じ信用なら誰もが商売相手として日本人を選ぶ
信用においても、日本人の二倍ぐらいの信用がないとわれわれは選んでもらえない
それがぼくのいう「信用」という意味だ

その二つに加え、地域社会に感謝の気持ちをもって働くことが大切だとぼくは考えてきた
常に何かを地域社会に還元していく
それがぼくのいう「奉仕」の意味だ


マルハンは実力社会である
われわれは超一流の大学を出た人の能力よりも情熱と努力にあふれる人間を評価し、それを優先する
いくら優秀であっても、努力しない情熱のない人の能力は何の価値もない

資本主義社会は競争社会だ
しかし、競争で得た利益を社会に還元することで社会貢献できる
だから、ぼくは資本主義と人道主義は両立すると考えている
商売である以上、がめつく稼儲けて、お金はきれいに使う
それが大事だ
「お金儲けは技術、お金を使うのは芸術」
とぼくは常々考えてきた

ホテルニューオータニの創業者である大谷米太郎さんの自叙的な記事を読んだとき、いろいろな商売をしたけれど、自分で苦労して作ったタネ銭でないと、商売は絶対に成功しないといっていることに、ぼくは深い感銘と共感を覚えた
例えば、ぼくが一億円を子どもに渡して、「これで商売をしなさい」といったとしても成功はしない
自分で苦労して貯めたお金でないと、人はビジネスに成功しないそういう教訓が書かれてあった
ぼくは大谷さんの考え方に賛成だ


ぼくの夢はまだまだ果てしない
当面の目標は、売り上げ5兆円企業になることだ
だが、大きな成長を遂げたとしても、マルハンは守銭奴になってはいけない
われわれマルハンファミリーは、芸術・文化・音楽に理解を示し、アジア、そして世界に社会貢献し続ける経済人であらねばならない

パチンコ業で5兆円をめざすマルハンの挑戦 韓昌祐

パチンコ業で5兆円をめざすマルハンの挑戦 韓昌祐


義兄が京都府峰山町(現、京丹後市)でまたまた小さなパチンコ店を一軒開いていた
それを引き継いだのが、パチンコ店との出会いだった

ボウリング事業に進出して大失敗
天文学的な巨額の借金を抱える
そのあと長男の事故死によって立ちあがれないほどの一種のうつ病に陥った
しかし、希望は捨てなかった
巨額な借金の返済に挑戦し、その勢いでパチンコ業界のリーディングカンパニーに成長してきた
マルハンが事業を拡大する最大の理由は、パチンコに対する偏見を克服したいからにほかならない
そして社会貢献である


茨城県に鉾田という町があって、その先に巴村という農村があるという
巴村には朝鮮人の集落があって、芋のデンプンで飴をつくっているという話だった


船は三千浦の港を離れた
やっとの思いで下関港に着いたのは、深夜だった
生涯で忘れもしない1947年(昭和22年)10月22日


1930年生まれ
戸籍上は1931年生まれ
当時は出生の年月日と戸籍がずれているものはざらにあった


結核で入院していたとき、生活保護を適用してもらった
韓国人留学生の結核治療費が全額免除になったのだ
そのおかげで、学生生活を続けることができた
だから、いつか日本の社会に貢献したいとずっと思い続けてきた
いまでも、あの時以上の恩返しをしなければならないとおもっている


九歳になったとき、韓国では悪名高い日帝時代の「創氏改名」が行われる
これは朝鮮民族の名前を強制的に日本人名に変える政策で、我が家の韓氏の姓は、西原もしくは清水に変えられた
韓国には、家系の記録である族譜がある
男性中心の家系図だけれども、氏族の長い歴史を尊ぶ文化がある
朝鮮民族にとって大変な屈辱だった


家が貧しくて進学できないという噂が三千浦の篤志家に伝わっていた
精米業で一代を築いた地元の有力者だった
その人が、資金面でぼくを援助してくれた
そんな幸運があって中学に進学できた
後年、日本にきた優秀な韓国人留学生が「ハーバード大学に留学したい」と言ってきたので、経済的に面倒をみたことがあった
彼が韓国に帰り、大学の助教授にらなったときに、「韓さんに大変お世話になった。ぜひ、あのときのお金を返したい」といってきた
しかし、ぼくは、「今度は、あなたが困った人を助けてあげる番です」といって受け取らなかった
ほかにも数えられないくらい留学生を援助してきた
それは、お金のない家に生まれたぼくを支援してくれたあの篤志家への恩返しにつながるという気持ちがあるからだ


歴史家の報告では、1920年(大正9年)から1932年(昭和7年)まで、朝鮮米の生産が1.2倍に微増しているだけなのに、朝鮮半島から内地(日本)に出した米が2.5倍に増えている
当時の朝鮮人が一人当たり食べる米の量は、1912年(大正元年)に年間で0.8石
これが1932年(昭和7年)には、朝鮮人一人当たり食べる米の量が0.4石に半減していたという
こうして農民は食えなくなって追い詰められていった
朝鮮半島北部の農民は、中国の東北三省に流れていく
南部の農民は、日本に流れていく
戦前の在日一世はほとんどは、食えなくなった農家の出身だった
それが在日社会をつくるもともとの源流である


朝鮮半島の解放からちょうど3年後
1948年(昭和23年)8月15日に、祖国で大韓民国が樹立された
それから一ヶ月も立たないうちにこんどは北で朝鮮民主主義人民共和国が樹立された


不思議なもので勝つ人はいつも買っている
負ける人はいつも負けている
勝ち負けはなかなか公平にはならない


南北朝鮮が分断されて、それぞれの国が独立したわずか2年後に同じ民族同士が戦うという悲惨な戦争が起きた
歴史の本によると、当時北から攻めてきた朝鮮人民軍は、18万2000人強だったという
迎え撃った韓国軍兵士の数はその半分だったと聞いている
朝鮮戦争が勃発して、たった3日でソウルが陥落したのだ
1953年(昭和28年)7月、休戦協定が調印されるまで、朝鮮戦争は南北全域で3年1ヶ月も続いた
この3年間で膨大な人々が死んだ
韓国軍の死傷者は約99万人
かたや朝鮮人民軍の死傷者は約61万人
中国軍の死傷者が約55万人
米軍の死傷者が約40万人
国連軍の死傷者が約30万人
そのほかにも民間の行方不明者なども含めると、南北全域の死者は200万人を超えたとも言われている


常に次の商売、目標を考えていた
なにか一つ達成すると、ぼくの頭の中で次の計画に進んでいた
それは、ぼくの性分だった


いまマルハンは、売り上げ二兆円企業になろうとしている
京都に本社がありながら、「なぜ地元京都の銀行と取引がないのか」と、ときどき不思議がられることがある
話せば長い話になるが、それはぼくが一番苦しかったころに経験した融資差別が尾をひいている
今から35年も前から京都では、大手の銀行と信用金庫が、在日韓国人•朝鮮人事業者への融資に冷たかった
同じ京都でも、京都中央信用金庫には西村清二さんという人物がいて在日韓国人•朝鮮人にお金を貸してくれた
ところが、お茶屋さんに貸しても、ぼくらには一切お金を貸してくれない銀行や信用金庫があった


ぼくは日本にきて、常々こう考えてきた
日本人が人から信用を得るのに10の力が必要だったとする
在日韓国人は、12か13ないと対等になれない
日本人が8時間働くのであれば、12時間働かないと対等に評価されない


峰山町に一億円の寄付をした
これまでどんなに苦しくても、いろいろな寄付をしてきた
お金は墓場まで持っていけるものではない
寄付ができるのは幸せなことであるし、少しでも社会に寄付ができる企業になれるようにと願ってきた

一億円の寄付にはいろんな反応があった。在日同胞の知人からはこんなことを言われた
「引越しをして、これから暮らす自治体に寄付をするのは事業家としてメリットになる。それは理解できる。しかし、韓さんみたいにすでに去ってしまった町に、寄付をするのは珍しいのではないか」
ぼくの一億円の寄付金にはこんな思いがあった
「峰山町のみなさん、ありがとうございました。25年間住まわせてもらったことを深く感謝しております。と同時に、この地域に残っている在日韓国人の人たちを、今後ともひとつよろしくお願いします。、、、」


ぼくは、韓昌祐の本名で日本国籍を取った
過去に民団京都の副団長を務め、京都韓国学園では副理事長の職にあった。民団京都の幹部だといってよい
京都韓国人商工会の会長であるものが「民族に誇りを持つことと、日本国籍を取得することは別問題である」という持論の「民族と国籍」論をぶち上げた
ぼくの考えは、民団中央本部に反するものだった
「、、、。韓国籍の人も、朝鮮籍の人も、すでに日本国籍を取得した人も、国籍でもってうんぬんするのではなくて、共通の民族、民族心で集まるべきだ。日本国籍を取っても、自分たちのルーツ、言葉は忘れてはならない。ルーツをはっきりと自覚するには、韓国の歴史や文化をしっかり学んでおかないといけないだろう。、、。民団は韓国国籍に限らず民族団体としてあるべきだ」
これまで民団は、「日本国籍を取った在日同胞=売国奴。韓国籍を保持している在日同胞=愛国者」という理屈を振り回してきた
それは根本的に間違いだと思う

ハワイでは、様々な分野で韓国人が活躍している
アメリカ国籍を取って、社会に貢献している
ハワイで韓国人移民百周年記念の式典があったとき、招待されたので参加してみた
ハワイのコリアン3世でも、みんな韓民族の誇りを持っている
笑顔で手には星条旗を持って行進している
ぼくはこれに大変感激した

アメリカの国旗を堂々と掲げ、チマチョゴリを着て会場に入ってきた
そして若いコリアンたちは流暢な英語でスピーチした
たいがい彼らは、韓国の大学に一度留学して母国語をしっかり身につけていた
国際社会に適応しながら、民族の心を忘れていない
英語も、韓国語もよくできる
ぼくはハワイのコリアンアメリカンに見習うべき点が多いと思う

一年に一回、世界各国に散らばった韓国人たちが、ソウルで体育祭を開いている
カナダ、オーストラリア在住のコリアン、それぞれがカナダの国旗、オーストラリアの国旗と韓国の太極旗の両方を手に持って堂々と入場行進している
もしも同じ会場で、在日韓国人選手が日章旗を手に行進していたら大変な批難を浴びたことだろう
ぼくは、カナダ、オーストラリアの選手がうらやましかった

民団中央本部の幹部は、百万人の在日同胞と韓国系日本人がこれから日本社会でどのように暮らせば幸せになれるか、を真剣に考えなければならない
それが社会的使命だ
在日同胞社会の幹部として日本の国民からも尊敬を受けなければならない
組織のリーダーは、仕事への情熱があって、かつ正義感がないとつとまらない
しかし、彼らはそうでない
民団中央本部の幹部は、韓国に何度も渡ってはソウルで政治家と飲み食いをして、顔は完全に韓国のほうを向いてしまっている
在日同胞も韓国系日本人も日本に永住しようとしているのに、民団幹部は韓国志向になっているのが実態だ
ぼくは、その韓国志向の姿勢に大反対である
民団は韓国志向ではなくて、在日社会に活動の基盤をおいて、民族のアイデンティティ、民族の言葉、民族のルーツを教える教育に力を注がないといけない
未来の在日同胞社会を展望してそう考える
もしも民団中央本部が50年前から在日韓国人の子弟たちに日本国籍を取得させて、日本に永住する韓国系日本人として生きる指導をしていたなら、いまごろ国会議員にも最高裁判所の判事にも官僚にも、在日韓国人の出身者でいっぱいになっていたはずだ
それは在日社会の地位の向上にもなっただろうし、在日社会の権利の保障にも働いていたはずだ
若い在日世代たちの間では民族の風習や文化が薄くなっている
韓国語も十分に話せない
民族のアイデンティティがどういうものかも、わからない
いまの民団組織は中途半端な在日韓国人を育ててしまっている
これが、民団の最大の罪だと、ぼくは考えている

ソフトバンク 孫正義社長 2012Q3業績発表

http://www.ustream.tv/recorded/20170079

簡単に気になったところをまとめました

ソフトバンク 孫正義社長 2012Q3業績発表

少し前は利益よりもまずはIT業界でのポジション獲りを優先して、今利益を語れるようになってきた

電機メーカーなどが、業績の悪化を発表しているが、これは一時的なものではないと考えている
人類は農業から工業、そして情報社会に移行している
工業は人件費が安い新興国ほど有利になってくる


2016年度目標
連結営業利益1兆円

どこでどう稼ぐかなどの細かい部分は任せて欲しい
全体で一兆円稼ぐ

一、二年の誤差はあるかもしれないが、大目に見て

長期の変動金利で得する場合は?

最近住宅をちょこちょこ見ていて、住宅ローンの変動金利だと実質1%未満で借りられかなりお得なことを知りました
35年固定だと2%〜2.5%ぐらいなのでかなりお得です
あまり固定で借りる気がしません

ただ変動金利にして自分が得するのってどういう場合だろうと考えたときに、そのケースが思いつきません

まず、今の金利が続くかさらに低くなった場合ですが、これはデフレなので今までの20年間同様土地の価値は落ちていて、将来買ったほうが得だと考えられます
現金最強です

逆に金利が上がった場合ですが、土地の価値上昇以上に支払いが増加する可能性のほうが高そうですし、支払いがきついからといって、住宅を手放したくても、そんな簡単に住宅が売れるとも思えません

また景気が良くてもそこまで自分の給料が上がるとは思えません

自分が買おうとしている地域はそんなに景気に左右されずに上がり続けるようないい地域だとも思えません

さらに日本の人口減ってくわけですし、、

結論としては、
今後金利が上昇する=固定金利
このまま、またはさらに下がる=現金最強
ちょっとだけ金利が上がる=現金か変動か微妙
な結論に至りました
5〜10年で支払い終えられるならまた考え方が違うと思いますが、今の自分だと頑張っても20年以上かかるきがしますorz

変動の長期はリスクがある割にあまりメリットがない気がしました

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