佐藤雅彦氏、竹中平蔵氏の本です。

個人的には前方連環、後方連環、香港あたりがおもしろく勉強になりました。

●多元主義
アジア通貨危機のとき、タイ、韓国、インドネシアは多元主義によるチェック&バランスが機能しなかった。経済における多元主義というのはマーケットメカニズムである。
タイは、為替市場で働かなかった。
韓国は、財閥という特殊に保護したものがあることによって歪められた。
インドネシアは、政治の面で働いていなかった。

アメリカは、自由にすればうまくいくという考え方。
アジアは、制度等が整っていないところをいきなり自由にしたら大混乱するという考え方。
自由化しろといっても順番があり、順を追った自由化が必要だという考え方。

経済についていうと、あるものを高く売りたい、安く買いたいと思う人がいて、それでマーケットがあって、調整が行われる。
つまりベクトルがいろんな方向に働くことによって均衡する。
それが多元主義で今日のような非常に複雑な社会を支える基本原理。
だから、多元主義が具現化されたシステムである民主主義や市場経済がそれなりに生き残ってきた。

●前方連環、後方連環
産業には川上と川下という考え方があって、最初に作られるものが川上。
なので、素材は川上。
川上で鉄を作れば、川下で自動車ができるはずだという考えが前方連環。
川上から徐々に川下に展開させていく。
しかし、これは歴史的にみて必ずしも上手くいってない。

先に川下の消費財を作って、それを伸ばしてから徐々に川上に移っていく。
これを後方連環という。
後方連環のほうが上手くいく。
それで実際にアジアの国はこれをやる。
なぜ上手くいくかというと需要があるから。需要があるので必ず儲かり、この消費財を作るときに必要なものを供給する、何か中間的なものに対しても必ず需要が発生する。どんどん川上を目指して産業がのぼる。
消費財の中でも、今輸入しているものを作り、それを輸出できるようにする。
これを輸入代替から輸出代替という。
外貨を稼ぐために、輸入している消費財を作れば外貨を節約できる。これを輸入代替という。

・ソビエト型(前方連環)
「鉄作ったからなにかつくれ」
「そんな無茶な、、」

・アジア型(後方連環)
「自動車作るから鉄つくれ」
「りょうかい!」


●プラザ合意
1985年。
ニューヨークのプラザホテルの名前を取ってプラザ合意と名付けられた。

●香港
香港は中継貿易などやっていなかった。
戦前は中国大陸という大きな後背地があって、そこに中継する基地だった。
しかし1949年に中華人民共和国が成立し、そのバックとしての中国を失う。
中華人民共和国は鎖国をするので、これまでのやり方ができない。だから香港は悲惨だった。
まして、上海から共産主義を恐れた人たちがワーとおしよせてきた。
食べていけない人がとんでもない狭いところでこれからどうするんだとみんな思った。
しかし、上海から逃げた多くが繊維の職人で繊維や雑貨の生産が始まる。
戦後の香港の出発点は日本と同じ加工貿易だった。
原料を買い、そこで雑貨を作って売っていく。そうこうしていくうちに大きくなっていき、次は機械というようにだんだんシフトしていって、付加価値を高めていく。
ところが香港は国土が狭く、工場を増やせず発展力がない。
そかで今度は金融センターに形を変えて発展した。このときポンドからドルに乗り換えた。
そして、消えてしまった中国が帰ってきて、中国に対する投資基地となった。
だから25年間二桁成長できた。