いやー全然まとめきれません笑

●日本のバブル 4からの続き
1980年代になり日本の経常収支黒字が異様なペースで膨張するようになると、今度は日本の対外投資が経常収支の黒字分を相殺するほどの大きさになった
輸出によるドルの受け取りのほとんどが海外へと還流された
この間は日本の外貨準備はほとんど変化しなかった

だが1986年から1988年にかけて、経常収支黒字が資本収支赤字に大きく水をあけるようになっていった
この間に準備資産は急増している

1985年末から1988年末にかけて、日本の外貨準備は260%増大している
結果はマネーサプライの急増だった

1968年から1989年までの20年間で日本の貿易黒字の累積総額は75兆円に達している
同じ期間に外貨準備は30億ドルから840億ドルにまで膨張している

輸出代金として受け取った金を日本国内で消費したことで乗数効果が働いた
おかげで日本経済はあれだけの高成長を実現できた

外部からの資金流入があって初めて可能な急速を信用創造こそが、日本の巨大バブル経済を生み出した真犯人だった

●バブル
バブルはどれもデフレにおわる
長期に渡って資金コストが低ければ設備投資が進むが、その結果として供給の増えた財・サービスを吸収するに足るだけ、消費者の購買力が増大することはないからである
家計が消費できる量は、企業が生産できる量よりもゆっくりとしか伸びないものである

供給過剰から商品の価格が下がりはじめると、今度は企業がバブル時代に増大させた借金の金利を払えなくなる
倒産が続々と発生し、信用は収縮し、経済全体としては不況となってしまう


消費が伸びれば経済成長は加速する
しかし資産価格の上昇が所得の伸びよりもずっと速くなり、資産の獲得をまかなうために借りた金の利子を誰も払えなくなる
すると、破産倒産が増え、金融部門がゆらぎ、融資は減りはじめ、資産価値は下落し、負の資産効果が働いて消費が下落し、経済の足をさらに引っ張ることになる

日本のバブルが弾けたのは1990年のことだが、この時点ではあらゆる部門における投資過剰が財・サービスの供給過剰をもたらし、物価と利潤を押し下げていった

何から何まで供給過剰な日本では、優良な投資機会が見つからない


●アジアの奇跡
バブルの始まりは1980年代半ばのことで、急速な円高に見舞われた日本の製造業が、いっせいに生産拠点をアジア各国に移し始めたことがきっかけだった
その原因が貿易黒字ではなく、外国からの投資であったにせよ、アジア諸国は準備資産の急膨張を経験することとなる

1982年以降に日本に生じた巨大な経常収支黒字は、日本のみならず、それに続いた「アジアの奇跡」バブルの原因でもあった

タイは1984年には19億ドルしかなかった外貨準備が1996年には377億ドルにまで増えている

海外からの資金流入は銀行預金の増大となり、これがマネーサプライの爆発的成長をもたらした

あらゆる業種における生産能力の増強が進展していた
その結果、どの部門をとっても供給力が過剰となり、商品の値段は下落していった